【美術】画家ゴッホについて

2021年4月30日

こんにちは。

この記事では画家ゴッホについてまとめています。

 

めたろん
筆者がこの作家や作品から何を感じるかということをお伝えする内容です。

 

画家の人生や代表作といった概要については、例えばこちらなどで確認できます↓

 

めたろん
また記事の最後のほうで、ゴッホと似ていると感じる日本の画家「村山槐多」について記述しました。

 

それでは見てみましょう。

 

【美術】画家ゴッホについて

筆者はゴッホの展覧会があれば見に行くファンです。

作品はもちろんですが、やはり画家自身の純粋さや不器用さにもひかれるところがあるようです。

 

没後120年の展覧会で購入した画集の表紙。

 

ゴッホの手紙

ゴッホの人となりをよりよく知る手がかりとなる書籍に「ゴッホの手紙」(岩波文庫:上中下巻)があります。

 

「ゴッホの手紙」には弟テオと交わされた手紙の内容がたっぷり収められています。テオは画商という仕事を持ち自立していたので、ゴッホにとって頼りになる弟だったようです。

 

コツコツと絵に取り組みその制作過程をスケッチと文面で仔細に伝える兄。面倒見の良いやさしい弟。

その心の通ったやりとりは、読んでいてジーンとするものがあります。

 

ゴッホの道程

筆者にとってゴッホは乾燥した明るい田舎の空気感を思わせる画家です。

 

めたろん
「ひまわり」や室内画、病院から見える景色など、ふんだんに使われる黄色が印象的だからかもしれません。

 

そして、その性格は一途で純粋だったようで、あまりにも真剣に頑固に仕事に取り組んだがゆえに他の人との調和をうまくとることができませんでした。

 

若い頃に牧師になりきれず後に画家になりますが、牧師の仕事が決して嫌だったわけではなく、情熱にまかせて滅私奉公しすぎたために放逐されてしまいました。

 

このことはゴッホの核を現しているような気もします。

 

めたろん
ゴッホにとっての「仕事」は情熱を注ぐ対象があり、自分がありのままに存在できる場所のことであって、必ずしも画家でなくてもよかったのかもしれないなぁ、とも。

 

人と持続的に良好な関係を築くことが困難だったゴッホですが、弟テオとの深く温かな絆があったことはうらやむべきことに感じます。

 

画商の弟は、ゴッホの画業を応援していたんだね。
同僚

 

それでもいつも、友情や愛に対しては渇望していたようです。

最後には銃で自らを撃って亡くなることになりますが、果たして彼は不幸せだったのでしょうか。

 

ポテちゃん
どうだろう?

 

うじうじと思い悩むにはあまりにも熱情が勝り、からっとした太陽の下でキャンバスと格闘し燃え尽きたようにも思えます。

 

ポテちゃん
情熱は孤独のつらさを忘れさせ、喜びをくれたと思うわ

 

めたろん
並外れた純粋さと一途なエネルギーがゴッホの才能を成す源泉だったのかもしれませんね。

 

村山槐多

ゴッホについて考えていたら、村山槐多という画家の「バラと少女」という作品が思い出されました。

 

彼はゴッホに比べると知られていない画家かと思いますが、ひたむきさや熱の高さがゴッホに通じるところがあるように思います。

 

わずか22歳で夭折することになる若い画家の熱情が夕日に照らされ、あてもなく放出されている様が、少女の絵として定着されている生々しくも切ない絵です。

「バラと少女」村山槐多/1917

 

時代や国境をまたいで芸術作品を比べ鑑賞するのもまた味わい深いですね(^^)。

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